漢方医の日記

平凡な毎日をいかに楽しく過ごすか。本の紹介を中心に、学び・健康・東洋医学・ライフスタイルなど色々。漢方大好きおじさんのブログ。

【書評】沢木流 五輪ルポ。五輪の意義を問う。 『オリンピア1996 冠<廃墟の光>』

沢木耕太郎さんの1996年のオリンピック・レポート。1996年はアメリカ・アトランタで開催され近代オリンピックが始まってから100年目でした。

 

 

 

 

100年目という事で、発祥の地のギリシアアテネと開催地をかけ争いました。しかし、グローバル巨大資本を携えたスポンサーとテレビ局には勝てず、アトランタで開催となったようです。沢木さんはこの開催地決定の過程に、今後のオリンピックは滅びの道を歩むであろうと感じます。飲み物はコカ・コーラしか出てこず、頑なに飲みません。

 

本書は、ギリシアオリンピアへの旅から始まります。一人で、バスを乗り継いで。オリンピアへの旅は2回目だといいます。そう、1回目は20年前の『深夜特急』の時。沢木さんの書籍には度々、『深夜特急』との接点が出てきます。20年前の出来事と現在の出来事を対比させ時間の流れを感じさせます。

 

現在では辺鄙なオリンピアでなぜ、オリンピックが始まったのか。

なぜ、オリンピックは一度、滅びたのか?

なぜ、オリンピックは復活したのか?

 

大きな、歴史の流れを沢木さんが調べた資料を基に私たちに提供してくれます。

旅と文献と回想というスタイルで、序盤から一気に読者を本の世界に引き込んでくれます。膨大な資料を読み込み、分かりやすく旅の話の中に入れ込む。批評的な視点で語ることで、私たちの知的好奇心を刺激してくれます。

 

批評的な視点は沢木さんが、どういったところに「疑問点」を持っているのかを教えてくれます。旅の目的は何なのか?なぜ、アトランタ・オリンピックをルポすることにしたのか?

 

古代オリンピックは紀元前776年に始まり、紀元393年まで続いた。約1200年である。

しかし、異教(キリスト教からみたギリシャ神話・古代ギリシアの考え方)の祭典であるオリンピックはキリスト教世界からまったく忘れ去られます。

 

1776年に考古物収集家のイギリス人・リチャードがオリンピア遺跡を発見します。

そしてフランス人のクーベルタンの尽力によりオリンピックが復活します。

クーベルタンの人物像についても沢木さん流の批評的視点で描写してくれます。

純粋無垢な気持ちで、オリンピックを復活させたのか?と。

 

やはり、この批評的視点がジャーナリストには必要なスキルなのだと思います。私なら、クーベルタンがオリンピックを復活させたのか。すごい人なんだな、で終わります。時代背景やクーベルタンの生い立ち、クーベルタンの当時の立ち位置などを文献から推測して「こういう可能性もあるのではないだろうか」と読者に投げかける。理念が先行しているのか?利や名誉が先行しているのか?

 

そんな、流れの中で沢木さんはアトランタ・オリンピックのルポを開始します。さらっと選手や監督にインタビューして必要な事を聞き出す。いや、聞き出すというよりも選手や監督が無意識のうちに思っていることを引き出させる。

 

朝早く活動し、いつも深夜にホテルに帰ってくる。まず、その体力に驚きます。そして、オリンピック競技の描写も緻密で、解説書付きで頭の中に映像が浮かびます。よくこんなに細かく描写できるなと感嘆します。競技へのズームアップ描写や、勝負の流れから勝敗を予想したり。

読み終わったとき、オリンピック競技の描写がちゃんと頭の中に残ります。東京オリンピックすらもう頭の中に映像としては残っていないのに。

緻密なメモを取っているためだと思いますが、それにしても詳しすぎて常人のできる事ではありません。

本物の物書きのすごさを感じます。

 

アトランタ以前のオリンピックではオリンピック費用は自治体が負担していました。自治体が負担をしてでも、オリンピックを開く価値があったからです。価値というより大儀。アトランタ・オリンピックから商業主義となり、エンターテインメント性が高まります。アマチュアではなく、プロも参加しドリームチームなるものができてメダルをかっさらいます。沢木さんは、純粋無垢なオリンピックはほぼ消滅したと感じているようです。

 

1996年はグローバル資本主義が加速しだした時期と一致しているように思います。

エンターテインメント性を高めることで、視聴者は増えます。しかし、大儀がなくなることで長期的にみると衰退するのではないか?

 

沢木さんは原点に返るべきとは言いません。

滅びの道は、必然かもしれずその転換点に目をつけたわけです。

 

その他おすすめ本

 

深夜特急』を振り返る。沢木さんの旅の考え方。

www.kampo-doctor.com

 

すでに古典となっています。

www.kampo-doctor.com

 

沢木耕太郎さんが影響を受けた本。『深夜特急』のさらに原点。旅のDNAは受け継がれる。

www.kampo-doctor.com